道長の歌(1)〜背景〜

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    前回触れた平安の歌というのはこちら。
     

     

    この世をば 我が世とぞ思ふ望月の 欠けたることも なしと思へば
     

     

    言わずと知れた藤原道長の有名な和歌ですね。

    この歌は威子が中宮となった日に、道長の邸宅に諸公卿を招いた祝宴の席で藤原実資に即興で詠んだ歌です。

    この時、娘三人を天皇の正式な妃となしえた道長は得意満面。「あの煌煌と我が世とばかりにこの世を照らす満月のように、今の私に欠けているところなどありもしない(わが栄華極まれり)」そう詠んだ歌と言われています。

     

    そう読み取れます。ですが、果たして本当にそうでしょうか。

     

    いやしくも、一国の権力の中心たるものがこんな浅はかな歌を詠うものでしょうか。またそういう何の余韻もひねりもない和歌を後世の人がよしとして受け継ぐものなのでしょうか。そんな疑問が湧いてきます。

    そこでこの歌にもう少し詳しく迫ってみたいと思います。

     

     

     

    ◯人物像

    治世は穏やか。権力の握り方は強引で、紫式部には飄々と接する大人。

    文学を愛好。源氏物語の第一読者。

    歌合わせを自宅で催したりした。

    藤原実資の「小右記」によれば、喜怒哀楽の激しい、直情径行(思ったことをそのまま言うこと)の人。超強気。

    弓射に練達する。

    源頼光に将帥の器であると言わしめた。

     

    ◯背景

    寛仁元年(1017年)3月、摂政と氏長者を嫡男の頼通に譲る。

    12月には、従一位・太政大臣に任じられ位人臣を極める。これは年が明け、寛仁2年の正月に執り行われた後一条天皇の元服で加冠の役を奉仕したいがため。その後ほどなくこれを辞する。

    3月に後一条天皇が11歳になった時、四女の威子(いし・たけこ)を女御として入内させ、10月には中宮となした。威子の立后の日は10月16日(新暦11月26日)で、この夜、道長の邸宅で祝いの宴が開かれる。

    翌年寛仁3年3月、病となり剃髪して出家。年は数えでこの年54歳。

     

    この和歌を詠んだ頃は、目の具合がかなり悪くなっていた。道長の日記「御堂関白記」には、「二、三尺相去る人の顔も見えず」とある。また、51歳の頃に、実資の日誌「小右記」の中で道長が口渇や体の脱力感をしきりに訴えていた記録が残されている。これらのことや晩年の記述から30代から糖尿病に罹り、10年前後経って糖尿病白内障を併発した可能性が高い。そうなら、体のだるさも相当だったはずだ。

    そんな時に、こんな歌を読むのは歴史の皮肉か。そこまで鈍感な人なのか。はたまた強がりからでた歌なのか。

     

    「御堂関白記」にはこの夜の宴の記載はあるが、この和歌は記されていない。

     

     

    ◯この和歌の初出は実資の日誌

    藤原実資(さねすけ)は、道長のはとこ。

    権貴におもねず、道長に対して筋を通した。物事の要点を押さえ、個人の利得や名声のために真実を覆さないという良識ある人。右大臣に昇ってからは「賢人右府」と呼ばれた。

    三条天皇を軽んずる道長に対して抱く嘆きと感嘆の相反する思い。曰く「天に二日なし、土に両主なし」。

     

    「小右記」(「しょうゆうき」あるいは「おうき」とも読む)は実資の日記というよりは半ば公式な日誌である。以下はこの和歌に関しての抜粋。ちなみに地の文は当然ながら漢文である。ー唱和を要求した道長に対し、「御歌優美なり。酬答に方なし。満座只だ此の御歌を誦すべし」と辞退する。道長も唱和を無理強いせず、実資の言葉に従い各自詠誦するだけで善しとした。ー

     

     

    *唱和…一方の作った詩歌に答えて、他方が詩歌を作ること

     

     

     

     

    さて、ここまでいかがでしょう。必ずしも得意満面とは言えないようです。

    完璧とは言えない状況の中で詠った歌であるのは明らかになってきたのではないでしょうか。

     

    うーん、それなら道長なりの強がり?

    でもそんな歌を「優美なり」と実資が称えますかどうか。

     

    次回はもう少しこの和歌を紐解いてみます。

     

     

     

     

     

     

     

     

     


    伝統工芸と現代生活(転載)

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      深港さんの朝の文箱の転載、3回目です。

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       財布は「甲州印伝」に決めている。鹿革に漆で小柄の模様をつけた山梨の伝統工芸品である。人気ブランド、グッチのバッグとしても登場し話題になった。鹿革は平安時代の鎧にも使われているので、丈夫さも折り紙付きだ。使い始めて10年がたった。使い込むほど手になじむので買い替えをいつも逡巡する。

       泰西名画に憧れて学芸員になったが、手わざの詰まった日本の工芸品に強くひかれた。姿も美しいが、その本領は使ってこそ発揮される。以来、よき使い手になりたいと思っている。 

       旅先ではよく焼き物を買う。ていねいな仕事のものを、時間をかけて一つ選ぶ。一息入れるときのコーヒーカップは、厚手で熱が穏やかに伝わる陶器が好みだ。薩摩焼や大分の小鹿田(おんた)焼を愛用している。正直なところ、料理は市販のお惣菜やレトルトに随分お世話になるが、相性のいい器に盛ると抜群においしそうに見える。小さな事だが、心には大きく響く。

       最近、漆器を使いはじめた。扱いにくいと思われがちだが、実はとても堅牢だ。1874(明治7)年にウィーン万博の出品物を積んで帰国した船が伊豆沖で沈没した。1年半後引き揚げてみると、漆器に損傷はほどんどなかったという。

       秋田の川連(かわつら)漆器の椀は手取りのよさと値頃感で選んだ。木地に何層も漆を重ねているので、軽くて口当たりがやさしい。汁が入ると、ほっとするようなぬくもりが手に伝わる。長野の南木曽の挽物皿はどれも木目が違うので、選ぶとき迷いに迷った。それだけに愛着が強い。

       「高いでしょ」と聞かれた時は「外食や食料品に比べたら安い」と答える。うまく付き合えば何十年ももち、豊かな気分と時間をくれる。

       鹿児島にも伝統工芸品は数多い。薩摩刀の歴史は千年、加世田鍛冶や種子鋏も500年におよぶ。薩摩焼、大島紬、川辺仏壇は国指定の伝統的工芸品だ。昔ながらの原料による手作りが基本だが、「伝産法」の条文の最初には「主として日常生活に使われるもの」とある。使い手がいて初めて、伝統の技とモノが受け継がれる。しかし現代は廉価な量産品に押されて、質がよくても値の張るモノはなかなか売れない。多くの産地が今、この課題に直面している。

       以前、福井県陶芸館で行われた薩摩焼展の作品選定をお手伝いしたことがある。福井は中世から知られる産地だが、大胆な釉がけの越前焼を見慣れた人々に、緻密な透かし彫りや絵付けのある白薩摩は新鮮に映ったという。持ち味の違う黒薩摩が同居するのも驚きだったそうだ。

       その土地でしか生まれない味があるように、使うモノも気候風土とそこに暮らす人の文化が融合して生まれる。伝統工芸はアートとは違う。使い手の用に応えるという外発的なものづくりだからだ。いわば、作り手と使い手が両輪となって育ててきた鹿児島の財産である。

       現代の暮らしは、便利に使い捨てる日常の中で上質なモノと時間を遠ざけてはいないだろうか。服を選ぶように、大切にできるモノを選ぶ。少し気持ちを置き換えただけで、伝統工芸と現代生活は相性がいい。そう実感している。

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      深港 恭子(ふかみなと きょうこ)氏

      指宿白水館薩摩伝承館学芸員。1969年垂水市生まれ。西南学院大学文学部卒。鹿児島県歴史資料センター黎明館資料調査編集員などを経て、2008年から現職。指宿市在住。

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      転載元:南日本新聞 3月8日掲載分


      いわゆる実用の美ですね。

      身近な所にきっとあるはず。

      ふすまなどの建具や畳だってそう。
      その分、気持ちが華やいで前向きになれば、価値ある買い物です。

       


      万葉集、百人一首、日新公いろは歌。

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        今更ながら、和歌の奥深さにはまっています。

        平安時代の歌は、余韻を大切にして言外に真意を置く歌が多い。

        下って戦国時代になると、質実剛健で率直。

        特に平安の歌はいろいろな解釈ができるので面白いです。その歌集に詞書があればのがさず一緒に読むと、より理解が深まります。詞書はつまり前置き。そこに述べられた日時・場所・背景を踏まえて歌われた歌ですから、当時の人はその流れを楽しんでいたのでしょう。今に例えるなら、ミュージック映画の書籍版といったところでしょうか。
         

        それから文法にも注目です。似ているようで使われ方や意味が現代と違います。例えば、「またはこじ」で「二度と来ないだろう」などが思い浮かびます。

        それらを慎重に踏まえてこれからしばらくは、平安時代と戦国時代とを行き来したいと思います。そしてある平安の歌に集約したい。キーワードは「暦」です。

        タイトルには、私の好きな歌がたくさん詰まっています。身近な歌とも言いますね。それでは、しばらくお付き合いくださいませ。

        Key word:道長の歌


        戦士の休息〜Card Wirthと共に〜

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          一息入れて。

          知る人ぞ知るTRPG型パソコンゲームがあります。その名はCard Wirth。

          往年の名作と言われていますし、今だってファンの力によって現役です。

          魅力は何と言っても、シナリオを創れるエディターが付いているところ。

          自分で自由に創れる冒険譚。

          わくわくしますよね。

          昔、その素材になる写真などをのせたHPを作ろうと四苦八苦したことがありました。

          気付いたら、作り始めてからもう8年くらいは経っています。

          完璧なんてできっこない。そう開き直れる年になりました。
           

          そこでここにそのHPを公開いたします。

          おおもとの流れはできています。

          写真とミニミニシナリオと、それから短編がひとつふたつ、隠れています。

          ぜひ探し出してくださいね!

          以下、素材利用に関する約束事。

          私の写真が奇しくも気に入ったという方は必ず御一読ください。

          ☆Card Wirthに用いる限り、連絡は無用。自由にご利用いただけます。

           後で知らせてくださるだけでも嬉しいです。

          ☆ただいまMac環境につき、シナリオをプレイすることができません。ご了承ください。

           いつかゆっくり遊びたいという夢。 

          ☆Card Wirth以外の用途に用いたいという方は、その前に必ず、こちらのコメント欄までその旨御連絡ください。許可なく使用することはできません。商用・私用に関わらずお願いいたします。

          ☆写真に載っている風景は全て九州の風景です。

           あ、これはあそこの景色だとピンときたあなた。根っからの九州人ですね。

           

          戦士の休息〜望蒼穹〜

           

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          甲状腺の内部被曝予防策(安定ヨウ素剤の投与)

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            万一に備えて。

            備えあれば憂いなし。

            身近に原発がある生活に安心を添えるための予防策です。

             

            安定ヨウ素(ヨウ化カリウム)の用法用量を中心にまとめてあります。

            実践的な用意と使い方、また保管方法。

            それから、丸薬がのめない小さな子供には事前配布が難しい現状の中で考えられている方法をまとめてみました。

             

             

            1)ヨウ素と日本人

            ヨウ素、つまりヨードは、海の恵みに豊富に含まれる。海洋国家である日本は、食物や土壌中に十分にヨードが含まれるので、ヨード不足に悩む必要がない国のひとつだ。

            どちらかというと過剰気味なくらいである。ホメオスタシスを保つために甲状腺へのヨード移行は抑えられている。慢性的なヨウ素欠乏に悩む内陸部のウクライナで起こったチェルノブイリ事故と同一列に並べてはいけない。

             

            平成24年の10月31日に策定された原子力災害対策指針は、それも踏まえていると思われる。

            まずは、その中の記述に沿って書き出していきたい。

             

             

            2)配布目的

            原子力事故が起こった時の予防的防護措置のひとつとして実施される。

            放射性ヨウ素が甲状腺に留まることで、数年〜数十年後に甲状腺がん等に罹るおそれがある。

            暴露前に大量の安定ヨウ素を摂ることで、放射性ヨウ素の甲状腺への集積を防ぐ。


             

            3)用法用量

            避難の際に服用、が基本的な用い方。

            PAZ(半径5キロ圏内)の住民は、放射能が施設敷地外へ出る恐れが高まった全面緊急事態の段階で、避難する。

            PAZ外のUPZ(5〜30キロ圏)においては、避難ではなく屋内退避が基本だ。プラント状況や空間放射線量率等に応じて、避難などの予防的防護措置を講じることとなる。事前配布が必要かどうかは避難所の態勢をみて、地方公共団体が決定する。

            いつ避難するかは、国や地方公共団体の災害対策本部の指示に従うので、安定ヨウ素の服用も個々の判断ではなく避難の指示をうけてからとなる。

             

            服用は、原則1回かぎり。効き目は24時間続く。避難はそれまでに完了しなければならない。

             

            対象年齢は新生児から40歳未満の大人まで。被曝による甲状腺がんは特に活動が活発な乳幼児〜10歳の時期に多く見られるので、それをいかに防ぐかが鍵となる。妊婦は、年齢に関係なく服用する。

             

             

             
             ヨウ素量  ヨウ化カリウムとして
            新生児 12.5mg    16.3mg
            生後1ヶ月〜3歳未満   25mg    32.5mg
            3歳〜13歳未満   38mg      50mg
            13歳〜40歳未満・妊婦   76mg     100mg


             

            服用のタイミングは、早すぎても遅すぎてもいけない。

            放射能暴露の前の24時間以内であれば、90%以上防げる。代表的な資料データを載せてみる。別の資料では、被曝直前投与で97%防御、被爆後3時間後で約50%というデータもある。

             

            被曝前24時間以内    90%以上

              被爆後8時間後     40%

            被爆後24時間後     7%

            [出典:Health Phys.78、2000]

             

             

             

             

            4)事前配布(ヨウ化カリウム丸)

             

            市などの、各地方公共団体の判断により、医師や薬剤師の指導のもと、説明書と共に配布される。

            保管の関係から、散剤やシロップの事前配布は困難。

             

             

            ヨウ素カリウム丸50mg「日医工」

             

            ひとつの丸剤あたり、ヨウ化カリウムを50mg含む。

             

             

             

             

            5)緊急事態時の配布(ヨウ化カリウム丸・安定ヨウ素剤内服液)

            前もって、各避難所に備蓄されていた薬剤やその原料から調製されたものを、避難してきた住民に配布する。

             

             

             

            安定ヨウ素剤内服液

             

            1mlあたり、ヨウ化カリウムを16.3mg含むように調製。

             

             

            [原料]  ヨウ化カリウム(原薬)

                単シロップ

                注射用水
             

            [器具]  栓付きメスシリンダー

                メスシリンダー

                ポリ容器

                自動分配器(ディスペンサー)(あると有用)
             

            〜5リットル調製〜

            .茱Σ愁リウムの原薬81.5gを正確に秤量し、栓付きメスシリンダーに取る。

             しき水500ml(注射用水)

            注射用水 2000ml

            C吋轡蹈奪廖。横毅娃ml

            き ↓◆↓をそれぞれポリ容器に移してよく混和し、均一とする。

            ゥ好櫂ぅ箸筺⊆動分配器でカップへ分配していく。

             

            3歳未満はスポイトで、3歳以上はカップで服用してもらう。

             

             

             

             

            6)禁忌・慎重投与・副作用

             

             

            単回服用なので、甲状腺の機能異常などの副作用は心配ありませんが、副作用低減や防止のため、以下の経歴のある方は服用できません。

            [禁忌]

            ヨウ素アレルギー

            [慎重投与]

            ヨード造影剤過敏症の既往歴

            ジューリング疱疹状皮膚炎

            低補体血症性蕁麻疹様血管炎

             

             

            一時的に起こりえる副作用

            [副作用]

            胃部不快感や下痢、発熱

            不快な真ちゅう様の味覚や口腔および咽喉内の灼熱感

            薬疹

            脂漏性部位においてのにきび様の皮疹

             

             

             

            7)使用上の注意点

            満腹の時の服用はできるだけ避けてください。吸収が落ちるからです。

            とはいえ、空腹時にのむと胃腸への負担がいくらかかかってしまうので、食事が終わって30分経った頃が推奨されます。

            コップ1杯以上の十分な水で飲んでください。代わりに牛乳などの乳製品でのむと胃腸の負担が軽くて済みます。


             

            8)授乳中の方へ

            指示された用法用量で服用しても、母乳中のヨードは平常の範囲内に収まります。

            但し、吸収された放射性ヨウ素も移行する可能性がありますから、子供がどれだけ母乳から摂ることになるかは推し量ることが困難です。

            人工栄養(粉ミルクなど)へと切り替えて、それぞれしっかり服用することが望まれます。

            対象者の方は、事前配布された薬と一緒に粉ミルクなども備蓄すると安心です。

             

             

             

            9)取り扱い上の注意点

            [保管]

            シートのまま、ふた付きの容器やジップロック等に入れて保管してください。

            湿気は避けて、遮光の上、保管。日の当たらないところで、保管してください。

             

            [使用期限]

            ヨウ化カリウム丸は3年間、原薬は5年間のものが多いです。

            細かい更新、回収方法などは、各自治体に拠ることになります。

             

            [その他]

            もし、余ったから、もったいないなどの理由で何もない時にのもうと考えている方がいれば、絶対に避けてください。

            こちらは医薬品です。

             

            日本核医学会が震災直後に心配していたことは、必要のない時のヨウ素の多量摂取です。

            1回の服用でも甲状腺機能が不安定になり、リバウンドで一定期間後に周りの放射性ヨウ素の取り込みが高まる可能性があります。

            適切なタイミングで服用し、その後は早めに安全なところへ避難することが肝要です。

            ちなみに、1日に必要なヨウ素の所要量は、約160ugとなっています。

             

            日頃、甲状腺機能の低下、あるいは亢進で治療されている方も特に禁忌とはなっていません。ですが、上述のようにいくらか影響が残るかもしれませんので、かかりつけ医と相談し、体調を日頃からよく把握していきましょう。

             

             

             

            10)うがい薬や食品で代用できる?

            例えばイソジンガーグルなら、約15mlのめば、大人ひとりあたりの用量になります。

            しかしながら、うがい薬も外用薬も殺菌・消毒のための薬です。添加物の問題やどれだけ吸収されるのかも未知数なのでリスクの方が高いと言わざるをえません。

            ひとつ、昆布からのヨード摂取で現実に適う可能性のある方法をご紹介します。

            沸騰した水に入れ、15分煮れば、99%のヨードが水に煮出されるそうです。その煮汁を摂る方法です。

            昆布1gあたり、1〜4mgヨードは含まれます。重さを測ればある程度の正確さで安定ヨウ素として摂ることができます。外部と遮断されたというような緊急時には、使える方法かもしれません。

            ただ、昆布の厚さにもばらつきがあります。特に小さな子供に与えるのには慎重を期します。

            (あるデータ)昆布1gあたり2.4mg:5センチ角の昆布(乾燥)で5g

             

             

            11)子供を守るために

            放射性物質から身を守るには、直接触れずかつ摂らず。

            安定ヨウ素の事前配布が小さな子供へ対しては難しいのなら、事故現場からなるべく早く遠くへ逃がすべきです。

            指針にはこうあります。

            全面緊急事態の前の、放射線が敷地外へ出る恐れが出てきた施設敷地緊急事態になった時、つまりまだ安定ヨウ素剤を服用する必要のない段階で、他の災害時要援護者と一緒に、乳幼児とその保護者は優先的に避難させると。

             

            ルールを守れば、安全な内に子供たちを逃がすことができます。事前配布は混乱をさけ、段階的に避難を安全に進めるためのものでもあります。受け取りを忘れたら、子供達と一緒に逃げるよう促されるのでそういうことのないよう、事前配布を逃さないようにしましょう。

             

            どうにか小さな子供にも事前配布できる方法はないかと色々考えを巡らせていたのですけど、守る方法は安定ヨウ素だけではないという結論になりそうです。避難計画の整備に力を入れることで補うことができる問題でした。


             

            12)終わりに

            受けとる側の視点から安定ヨウ素とその対象の要となる子供を中心に、まとめてみました。

            原子力事故時の対策はもっと広範囲に渡ります。この原子力規制委員会の対策指針は合理的且つ効果的な防護措置を目指しています。改正につぐ改正ですから、検索にかけるといくつもヒットしました。一番ページ数が多いところのアドレスを最後に併記いたします。

            また、PAZ、UPZなどの言葉の指す地域の定義については、拙ブログの6日に投稿した記事「周辺住民へ向けての原子力災害対策」に載せています。こちらも合わせてご覧ください。

             

            原子力災害対策指針
            https://www.nsr.go.jp/data/000024441.pdf



             


            誰にも奪えないもの

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              小学の5、6年生の頃でしょうか。

              担任が御自分の書かれた言葉付きの新品ファイルを、ひとりひとりに配ったことがありました。

              わたしのファイルには、「人間は 考える葦である パスカル」。

              ふと時々その言葉が浮かぶのです。

              考え続ければ、葦だって、人間になれるのでしょうか。

              考え続けるのを止めればヒトは、人間ではなくなってしまうのでしょうか。

              あのイスラムもどきの国は、国連が地元の住民に配ろうとした物資を横から奪って、表の印を破り、自分たちからの物資として配りました。

              今、私達が安易に何か寄付したり、送ろうとしても適わないでしょう。

              でも、誰にも奪えないものがあります。

              それは、頭に叩き込んだ知恵と知識と、考えることです。


              欧州版「宇宙往還機」(転載)

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                的川さんの朝の文箱の転載も3回目となりました。

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                 冷戦中も冷戦後も、ヨーロッパ各国は常に米ソ(あるいは米ロ)を独自の立場で見つめ、付き合い、政策を展開してきている。宇宙の分野でも、その傾向は如実に表れている。

                 そのヨーロッパが、宇宙輸送に新たなページを開いた。スペースシャトルが引退した後、使い捨てタイプばかりを使ってきた世界で、再び宇宙へ行って戻って来る「宇宙往還機」への挑戦を開始した。

                 さる2月11日、ヨーロッパ宇宙機関(ESA)が南米クールーのギアナ宇宙センターから打ち上げたヴェガ・ロケットに搭載されたのが、その宇宙往還を果たすための実験機IXV。宇宙へ飛び立ち、これが地球へ戻って若干のメンテナンスの後に再び飛ぶことができれば、打ち上げコストの節約だけでなく、ミッションを遂行する上でもさまざまな可能性が広がる。今回はそのための最初の本格的な実験機だった。

                 全長5メートル、重量2トンのIXVは、高度340キロでロケットから分離し、国際宇宙ステーションが飛んでいる400キロより高く上昇、多くの実験を積み重ねて開発した「リフティング・ボディ」という形状から揚力を生みながら、機体後部に装備した2枚の板(フラップ)とガスジェットの噴射で巧みに安定を保ちつつ降下した。その後パラシュートを開いて、大気中を緩降下、目標とする太平洋上に無事着水し、回収された。

                 弾道飛行ながら、この実験飛行では、軌道上から戻る時の状況を忠実に再現しているので、今後の開発に向けて大きな成功を収めたと思われる。自分たちの文化が蓄積してきた宇宙への考え方に基づいて、独自の宇宙戦略を進めるヨーロッパの行き方から、私たちの国の今後の宇宙への取り組み方にも大切な教訓を読み取りたいと思う。

                 「宇宙飛行の父」ツィオルコフスキーが晩年、「地球は人類の揺り籠である。しかし人類はいつまでもその揺り籠に留まってはいないだろう」と予言したように、20世紀の半ばを過ぎてから人類は勇敢に宇宙へ飛び出し、ついに月面にまで路破の足を延ばした。ただし残念ながら宇宙へ飛び出したのは、人類の代表選手たちだけであり、大量の人間が日常的に宇宙へ出かけているわけではない。

                 仏教哲学の山折哲雄さんが、「現在の宇宙飛行はノアの箱舟ですな」とおっしゃったことがある。代表だけが行くという欧米の考え方が一神教と深いところでつながっているのかどうかの議論はおくとしても、かつて人類が東アフリカの地からこの天体の全域を生活の場所にしていったのは、代表選手たちだけの仕業だったわけではない。

                 あの「翼よ、あれがパリの灯だ」の頃、たった一人で大西洋を横断した時代から、ジャンボジェットの時代を実現したように、遠からぬ時期に、無数の人々が日常的に宇宙を活動の場とする時代がやって来るだろう。長期に歴史を眺めれば、現在の世界の宇宙活動は、そうした宇宙空間の普遍化の努力の試行錯誤の一環にすぎない。日本も、この国が育んできた情緒・知性・文化に基づいて、宇宙進出の意味を独自に打ち出し、他国のまねに堕しない戦略を策定して世界の歴史に寄与する機運が熟している。

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                的川 泰宣氏(まとかわ やすのり)

                JAXA(宇宙航空研究開発機構)名誉教授。1942年広島県呉市生まれ。東京大学工学部航空学科宇宙工学コース卒。2003年まで8年間、内之浦宇宙空間観測所長を務める。神奈川県大和市在住。
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                転載元:南日本新聞 2月15日掲載分


                 

                いつか、月から地球の姿を眺める日も来るのでしょうか。

                こんなきれいな星が宇宙旅行の帰りに迎えてくれるのなら、やはりこの星は私たちの揺り籠と思うでしょう。






                 

                JAXA月周回衛星「かぐや」


                 




















                 


                今ふたたび陰翳礼讃(転載)

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                  深港さんの朝の文箱の転載、2回目です。まだまだ続いて欲しい。

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                   鹿児島の冬がこれまでになく明るい。クリスマスの定番だったはずのイルミネーションの多くが、年を越した。全国的な傾向である。厳かな神社とは対照的な華やかな場が、初詣先として加わった。イルミネーションは現代の冬の風物詩だ。

                   最近は白と青がはやりだ。冬に寒色が好まれるのは、背景に快適さがあるからだろう。もはや冬のくらしが寒さを忍ぶものではないことが透けてみえる。

                   明かりは空間を照らし、脇役として長く人のくらしを支えてきた。一方、イルミネーションは明かりが主役だ。以前はテーマパークなどの日常と切り離された場所に限られた。それが発光ダイオード(LED)の普及とともに急速に街に拡散した。

                   24時間化した日常の中、夜は昼のように煌々と明るい。繁華街には人目を引くための我の強い明かりがひしめく。コンビニでは影すら出ない。暗闇は危険とばかり隅々まで照らされる。

                   明るさに満ちた日本は、果たして心地よいのだろうか、照明デザイナーの面出薫氏は、太陽が最大の師だと語っている。光と闇と人との深遠な関係をデザインするのが仕事だという。

                   夜の帳(とばり)が下りれば闇に覆われる。本来、夜は暗い。そして静かだ。その摂理を、私たちは忘れがちだ。

                   鹿児島市・高麗本通りのクスノキの並木が好きだ。空を覆うがごとく力強く、新緑はまばゆい。昨年、その一角が消えた。交通渋滞を緩和する善処策である。後には驚くほど大きな空間が現れた。再び植樹していくそうだが、目かくしを剥がされた街は無秩序の固まりに思えた。

                   市街地からすべての街路樹が消えたら、思いもよらぬ雑然とした広がりが出現するだろう。夜ともなれば、なおさらである。

                   つくづく眺めると木々はあらゆる光を吸収して漆黒である。その闇が街をまろやかに包む。

                   日本人は長い間、陰影に満ちたくらしをしてきた。谷崎潤一郎が急激な西洋化のジレンマの中、その姿を随筆「陰翳礼讃」に描いた。本来、文化に寄り添い発展すべき文明の利器が、日本では「西洋は利、東洋は愚」とでもいうように流入した。だが陰影を離れて美はなく、ほの暗さが何者の装飾にも優れると言う。

                   目新しい利器に文化を沿わせた過去の上に、私たちの今のくらしがある。明るさはその象徴だ。昭和初期の東京や大阪の夜は、西洋の都市より明るかったという。戦後には、豊かさの指標のように明かりが街にあふれた。そして、陰影は消えた。

                   宇宙から地球をみると、日本は世界で一番明るいという。テレビのCMに、都会の夜空に地球がもう一つ浮いている画像が映る。このままのくらしを続けると、2030年には地球二つ分の資源が必要になる。

                   衝撃的なメッセージだ。 

                   そろそろ1位の座を返上してもいい。陰影のあるくらしを楽しむ価値観に立ち戻ってみるのもいい。私たちのふるまいが問われている。

                   谷崎は記している。「まあどう云う工合になるか、試しに電気を消してみることだ」

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                  深港 恭子(ふかみなと きょうこ)氏

                  指宿白水館薩摩伝承館学芸員。1969年垂水市生まれ。西南学院大学文学部卒。鹿児島県歴史資料センター黎明館資料調査編集員などを経て、2008年から現職。指宿市在住。

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                  南日本新聞朝刊 2月8日掲載分

                  帰り道、街灯の明かりがついているとほっとします。同時に、月を見上げ星を数える日もあります。

                  自由に闇を感じようと思えば選べる生活を送る私たちは恵まれているのかもしれません。

                  これだったら始められるというエコは心がけています。そう言いながらも、皿洗いの時についつい温水でじゃぶじゃぶ洗っていたら、ガス代がえらいことになっていました。反省。

                  夕暮れ時、夕日の名残色の桜島が、薄墨の景色の中でたたずんでいました。

                  春が来れば、薄霞の日も多くなるでしょう。今日は北風が何もかも吹き飛ばし、くっきりとした山肌を見せていました。

                  春はもうすぐです。


                  川内原発周辺住民への事故想定対策は?

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                    放射性ヨウ素から身を守るための対策も始まっています。

                    昨年の7月27日の記事からの転載です。

                    もうひとつの柱の住民避難計画はこの時点ではまだ道半ばです。細かいところ、災害時要援護者の把握やその避難支援者の確保などは自治体や個人の協力が欠かせません。

                    どちらにしろ、カルデラ噴火は九州一円300万人が瞬時に死する破局的噴火です。その分予想は早めにつきますし、あと6万年は起こらないと言われています。万一を考えることを必要としながらも、災害は原発事故だけではないのですから、その為にも日頃から地域の中の互いの連携は密にしたいものです。

                    原子力発電所の重大事故時に甲状腺被曝(ひばく)を防ぐ安定ヨウ素剤の配布が27日、九州電力川内原発のある鹿児島県薩摩川内市で始まった。国は昨年、原子力災害対策指針を改定し、原発の半径5キロ圏内の住民に前もって配るようにした。これを受けた事前配布は全国で初めて。

                     川内原発については、原子力規制委員会が新規制基準を満たすとする審査書案を16日にまとめ、秋にも再稼働の可能性がある。

                     27日は、原発5キロ圏の4地区に住む3歳以上の住民のうち、事前の問診で副作用がないと判断された2756人分の錠剤が用意され、2420人分が配られた。五つの会場で薬剤師らが服用や保管の方法を説明し、錠剤が入った小袋を渡した。誤飲を防ぐため、小袋には氏名、服用数、3年間の使用期限を記したシールを貼った。

                     錠剤は3〜12歳は1粒。13歳以上は2粒。3歳未満の乳幼児は錠剤が飲めず事前配布の対象外のため、避難先で薬剤師がシロップに混ぜて配る方針。

                     原発から約3キロの寄田町新田集落の自治会長、中向幸一郎さん(64)は、家族4人で配布会場の公民館を訪れた。受け取ったヨウ素剤は、避難時に位牌(いはい)と一緒に持って行けるよう自宅の仏壇に保管した。

                     気がかりなのは、事前配布されない生後4カ月の孫娘のことだ。避難の間に被曝しないか心配で、「大人だけ先に服用して、子どもを後回しにしていいのか」と戸惑いを口にする。

                     50代の女性会社員は家族3人分の錠剤を受け取った。平日は車で約15分の市中心部で働いており、「仕事中に事故が起きたらどうしたらいいのか。ヨウ素剤を取りに帰れないし、肌身離さず持ち歩くわけにもいかない」と話した。

                     川内原発の5キロ圏内の3歳以上の住民は4715人で、うち2千人近くは配布の前提となる問診を受けてないという。県と市は9月以降も説明会と問診を進めていく方針だ。(小池寛木、田中啓介)

                    朝日新聞Web 2014年7月27日掲載分


                    周辺住民へ向けての原子力災害対策

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                      住民への防災対策について原子力災害対策指針というものがあります。重大事故で放射性物質が大量に放出されるおそれがある場合、原則半径5キロ圏(PAZ)は即避難、半径5〜30キロ圏(UPZ)は屋内退避と定められています。

                      今月の2日に、これに付加するための改定案が原子力委員会の検討チームから出されました。注意が必要な範囲の拡大と事故後の福島第一原発(1F)周囲への特別な指針です。

                      まだ検討案ですが、30キロ圏外については原発敷地内の空間放射線量をみて放射性物質を含むプルーム(放射性雲)の移動方向や速度を推測、規制委が予防的に屋内退避を求める自治体を同心円的に設定する方針のようです。1F周囲に関しては原則避難区域は設けずに、屋内退避のみで対処するようです。

                      放射性物質から身を守るためには大まかに言ってふたつ。

                      ひとつは、直接触れないし摂らない。

                      それからもうひとつは、それに拮抗する物質を摂ることです。

                      ひとつめに関して上記の規制委や自治体の指示以外に、個人でできることとして、建物の中に外気が入らないように目張りなどをする、内部被曝を防ぐために口や鼻を覆う、汚染飲食物は摂らない、などがあります。

                      もうひとつのふたつめに関しては、例えば、放射性セシウムに対してはカリウム。農業でもこの考えは活かされます。それから、放射性ストロンチウムに対してはカルシウムがあります。集積部位は、それぞれ主に、筋肉ですし、骨です。そこでの拮抗作用が期待されるのです。

                      放射性ヨウ素に関してはどうでしょう。甲状腺に10〜30%が集積されると言われています。これを防がなければなりません。

                      次回から、その方法についてもう少し詳しく述べたいと思います。


                       

                      *PAZ(Precautionary Action Zone)=予防的防護措置を準備する地域

                      予防的な防護措置とは、即時避難を実施する等、放射性物質の環境への放出前の段階からの防護措置のこと

                      *UPZ(Urgent Protective Action Planning Zone)=緊急時防護措置を準備する地域

                      緊急時には、事態の規模や時間的な推移に応じて、屋内退避のみならず避難等の防護措置も出来るよう準備を整える必要がある


                      初春幻想(転載)

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                        的川さんの朝の文箱の転載、2回目です。
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                         遅ればせながら、あけましておめでとうございます。今年は年賀状がついに500枚を超えた。手書きだった賀状を数年前にコンピューターで印刷するようになって、何だか物足りない。受けとった人もそうに違いない。私の父は書をよくする人で、数百枚の年賀状をことごとく自分で書いた。今にして本当に頭の下がる人だったと思う。

                         昨年、賀状に「七度目は 春も名のみの 馬の齢」と詠んだら、一回り上の人から「同い年だったんですか」と返信が届いた。この人は生まれた年が最初の午年だったことを失念したらしい。失礼ながら、よぼよぼと歩いていらっしゃる様を想像して苦笑したが、私としては、たぶん8度目の午を迎えることはあるまいと思って書いた感慨が吹き飛び、ありがたかった。

                         元旦に窓を開けたら白いものが降っていた。今年は未だったなと連想し、賀状に「羊雪 星も未来へ 育つ春」と入れた。そのココロはー降雪は自然の現象だが、この星が類い稀な立派な生命の宿る星に成長するためには、人間が格別の努力をしなければなるまい。生存競争の過程で自ら作り上げた社会システムに縛られてもがいている今日の姿は、この星の長期の見通しを欠いているとしか見えない。

                         若い頃は、マルクスの描いた「大きな物語」があったが、そういった「物語」は、現在見当たらない。カントが晩年に近いときにしたためた『人間の最終的使命について』という小論に、結局は道徳的完成をめざす教育こそが未来をつくるカギだとあったが、いまだに真理である。ゆるやかに舞いながら落ちて来る雪をじっと見つめながら、今年をその希望を何とかして見いだす年にしたいと願った。

                         私は一日80本も喫って(すって)いたたばこを40歳の誕生日を期してやめた。「なのになぜ酒がやめられないのか」と問われると、これがよく分からない。しかし窓外の雪を見ているうちに「酒がいけないのではなく、その量がいけないのだ」という単純な真理に思い当たった。さて、そこでどうするか、思考が進む。

                         その日の朝ヘルスメーターに乗って、ふと下を見たら、針が動いていない。「アレ?故障かな」と思い、もう一度乗り直して気がついた。針が1周してちょうど100キロで止まっていた。そうか。このヘルスメーターでは100キロ=0キロなのだ。 私はいま無重力の世界にいるのだと、他愛のないおかしさがこみ上げて来て、その瞬間に決心した。「こんなことで笑っている場合ではない、痩せるぞ!」

                         何か決心(みたいなもの)をして断固として実行に移すにはタイミングと勢いが必要である。年をとると、そのタイミングを見極めることが難しくなり、心にも勢いがなくなってくる。それが今回は、酒と体重に関して「タイミング」がふと合った。(1行欠落)申のお迎えが来るころには、ヘルスメーターが80キロを指すように気を付けていきたい。

                         宇宙は、「大きな物語」を描く舞台としては最高のものを用意してくれる。カントの示唆を追いながら、それを実行する動きを加速したいという思いを眠らせないことが、8度目の午を見られるかどうかの保証かもしれない。今年もよろしく!


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                        的川 泰宣氏(まとかわ やすのり)

                        JAXA(宇宙航空研究開発機構)名誉教授。1942年広島県呉市生まれ。東京大学工学部航空学科宇宙工学コース卒。2003年まで8年間、内之浦宇宙空間観測所長を務める。神奈川県大和市在住。

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                        転載元:南日本新聞 1月18日掲載分


                         


                        再稼働にまつわるあれこれ

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                          明日は大寒ですね。

                          遅くなりました。元旦の記事からの2本続けての転載です。




                          《九電社長の年頭インタビュー》

                           九電電力の瓜生道明社長(65)は31日までに共同通信などのインタビューに応じ、玄海原発(佐賀県玄海町)の使用済み核燃料について、特殊容器で保管する「乾式貯蔵」への移行を検討していると明らかにした。現在、水を張った冷却プールで貯蔵しているが、再稼働した場合、プールが3年で満杯になる可能性があるため。

                           東京電力福島第1原発事故では、津波で電源を失い、余熱を持った使用済み核燃料を冷やすプールが機能しなくなったが、外気で冷やす乾式貯蔵の容器は問題がなかったとされる。瓜生社長は「リスクの少ない貯蔵方式。保管にどれくらいのスペースが必要かなどの検討を進めている」と述べた。

                           2015年は、川内原発の再稼働に向けた取り組みを着実に進めていくと説明。「福島のような事故を二度と起こさないように安全対策を徹底させている。長く止まっていたのでしっかり総点検して再稼働に備えたい」と語った。

                           また、16年にも電力小売りが全面自由化されることには「地域独占の時代は終わり、経営環境が東日本大震災以前に戻ることはない」と強調。情報通信など異業種との連携も視野に入れた今後5年間の中期経営方針を策定中とした。また、海外を含めた九州以外での電力事業の展開も検討するとした。

                          南日本新聞 2015年1月1日掲載分

                           

                          《原子力規制委員会の審査は続く》
                           

                           九電は、規制委から不備を指摘され再提出を求められていた設備や機器の詳細設計を示した工事計画の補正書類提出を、1号機は昨年12月第2週まで、2号機はその2〜3週間後としていた。運転管理体制を定めた保安規定の補正書類は、2号機の工事計画と一緒に出す予定だった。

                           だが、提出は遅れ、瓜生道明社長は12月24日、年内の提出断念を明らかにした。

                           工事計画が認可されれば、機器の設備状況や性能を原子力規制庁が確認する使用前検査に入り、1〜2ヶ月かかる見通し。1号機を先に運転させるにしても、再稼働は早くて春以降、2号機はさらに2〜3週間ずれ込むとみられる。

                           規制委の田中俊一委員長は12月20日に川内原発を視察した際、「事業者サイドのいろいろな問題もある」と語り、審査終了は未定との見解を示した。

                           提出が難航している背景について瓜生社長は「規制委から申請書類の記載内容の充実などを求められた」と説明した。

                           原子力規制庁関係者は、「書類は2万ページあり、作業量が響いているのではないか」と話す。「一つ直すと、(関係部分を)何カ所も直さなくてはいけないこともある。川内原発はトップバッター。なかなか『よし、これで』という状況にならないのだろう」とみる。

                           再稼働に対する世論は割れており、避難計画の実効性や巨大噴火対策への不安も根強い。

                           3月11日は東日本大震災と福島第1原発事故の発生から4年。4月12日には鹿児島県議会議員選挙が控える。日程に影響を与えないとは限らない。

                           県内外の住民らが加わる「原発なくそう!九州川内訴訟」原告団が、九電に再稼働差し止めを求めた仮処分申請は、早ければ1月中に鹿児島地裁の決定が出る可能性もある。

                           川内原発は1号機が11年5月、2号機は同9月に定期検査に入り停止。九電は新規制基準施行当日の13年7月に審査を申請した。昨年9月に審査合格となる審査書が決定され、鹿児島県知事や薩摩川内市長、各議会が11月7日までに相次いで再稼働同意を表明した。

                          (雪松博明)

                          南日本新聞 2015年1月1日掲載分(一部抜粋)


                           

                          まだこの時点から、動きのあるニュースはないですね。ここに記載されている再稼働差し止め仮処分申請に関して、「稼働しなければ、1日5億5400万円の損害になる」という九電側からの主張がありました。仮処分が認められても本訴訟で敗訴すれば、求めた側がその期間の損害を賠償する可能性があるそうです。

                          再稼働するにせよ、それを止めるにせよ、行動には覚悟が伴うということのようです。
                           

                          審査完了が何度も先送りになってもどかしいのは確かですが、ここは科学者としての公正な立場を堅持する、田中俊一委員長に託したいです。ここまで慎重なのは、今ある原発だけでなく、頓挫中の3号機の建設も想定しての審査なのかもしれません。



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