ー8月16日ーソ連 北海道占領要求(転載)

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    去年は戦後70年ということで歴史を振り返る多くの企画がありました。

    こちらはそのひとつ、地元の新聞の連載記事となります。少しずつ転載という形でご紹介していけたらと考えています。
     


     

    『再現日録』終戦からの31日間

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     70年前の夏、ポツダム宣言受諾とともに日本政府は占領軍受け入れを進めるが、満州や樺太などで悲劇はなお続いた。虚脱と混乱、そして希望の芽吹きが織りなす8月16日からの31日間を現代の記事スタイルで再現する。

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    (1)1945年8月16日 ソ連 北海道占領要求

     ソ連のスターリン首相(共産党書記長)は16日、日本占領政策をめぐり、トルーマン米大統領に対して「日本軍がソ連軍に降伏すべき地域の中に北海道の北部を加えること」を要求した。これは北海道の北半分をソ連が占領統治する提案で、境界線は「東は釧路、西は留萌に至る線とし、釧路と留萌の両市は北半分に属する」としている。

     トルーマン大統領が連合国各国に送った「一般命令第1号」は、日本軍が降伏すべき相手を以下のように定めている。

     (1)中国、台湾および北緯16度以北のインドシナは蒋介石(中華民国主席)軍(2)満州、北緯38度以北の朝鮮、樺太はソ連軍(3)北緯16度以南のインドシナ、ビルマからソロモン諸島に至る地域は英軍かオーストラリア軍(4)日本本土、フィリピン、北緯38度以南の朝鮮においてはマッカーサー元帥率いる米軍。

     スターリン首相は(2)について同意しつつ、北海道北部と「千島列島全部」を加えるよう求めた。この日、日本では特攻隊の創設者とされる大西滝治郎海軍中将が官舎で自決した。

          ◇            ◇

     スターリン提案をトルーマンが受け入れていれば、北海道北部は戦後,共産圏に組み入れられた可能性もある。しかし、トルーマンは約2週間、スターリンと電文で応酬した末、北海道をめぐる要求を退けた。

    ______________________________________

    転載元:南日本新聞 2015年8月16日掲載分

    ※留萌=るもい
     

    ※サイト内参考記事「歴史探訪〜ヤルタ密約〜」



     

    Key word:国の成り立ち


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