「国が率先して人の負の感情をあおるということ」と記した民主党政権時代の覚書を見つけた

0

     

     

    記憶も新しい舛添さんへの、そして昨今のマスコミ主導のこの狂騒。

    石原さんの百条委員会への招致しかり、森友学園関連の国会質疑や取材攻勢しかり。

    今率先しているのは。

     

     

    あの時より、今のほうがよく分かる。

    みんな、しっかりして。

     

     

     

    覚書を全部移すと長くなるので、少し切り貼りしています。

    通して読みたい方はこちらのリンクから。

    ブログ「In Deep」から抜粋させていただきました。

    「殺され続ける詩人シナ」より(2012年9月12日)

     

    『ある異常体験者の偏見』 アントニーの詐術  山本七平 1973年より。

     

     

    原則は非常に簡単で、まず一種の集団ヒステリーを起こさせ、そのヒステリーで人びとを盲目にさせ、同時にそのヒステリーから生ずるエネルギーが、ある対象に向かうように誘導するのである。これがいわば基本的な原則である。ということは、まず集団ヒステリーを起こす必要があるわけで、従ってこのヒステリーを自由自在に起さす方法が、その方法論である。

     

    この方法論はシェークスピアの『ジュリアス・シーザー』に実に明確に示されているので、私が説明するよりもそれを読んでいただいた方が的確なわけだが、……実は、私は戦争中でなく、戦後にフィリピンの「戦犯容疑者収容所」で、『シーザー』の筋書き通りのことが起きるのを見、つくづく天才とは偉大なもので、短い台詞によくもこれだけのことを書きえたものだと感嘆し、ここではじめて扇動なるものの実体を見、それを逆に軍隊経験にあてはめて、「あれも本質的には扇動だったのだな」と感じたのがこれを知る機縁となったわけだから、まずそのときのことを記して、命令同様の効果のもつ扇動=軍人的断言法の話法に進みたい。

     

    まず何よりも私を驚かしたのは『シーザー』に出てくる、扇動された者の次の言葉である。

     

    市民の一人 名前は? 正直に言え!

    シナ    シナだ。本名だ。

    市民の一人 ブチ殺せ、八つ裂きにしろ、こいつはあの一味、徒党の一人だぞ。

    シナ    私は詩人のシナだ、別人だ。

    市民の一人 ヘボ詩人か、やっちまえ、ヘボ詩人を八つ裂きにしろ。

    シナ    ちがう。私はあの徒党のシナじゃない。

    市民の一人 どうだっていい、名前がシナだ・・・やっちまえ、やっちまえ・・・

     

    こんなことは芝居の世界でしか起こらないと人は思うかも知れない。……しかし、「お前は日本の軍人だな、ヤマモト! ケンペイのヤマモトだな、やっちまえ、ぶら下げろ!」、「ちがいます、私は砲兵のヤマモトです! 憲兵ではありません」、「憲兵も砲兵もあるもんか、お前はあのヤマモトだ、やっちまえ、絞首台にぶら下げろ」といったようなことが、現実に私の目の前で起こったのである。

     

    これについては後で後述するが、これがあまりに『シーザー』のこの描写に似ているので私は『シーザー』を思い出したわけである。新聞を見ると、形は変わっても、今でも全く同じ型のことが行われているように私は思う。

     

    一体、どうやるとこういう現象が起こせるのか。扇動というと人は「ヤッチマエー」、「ヤッツケロー」、「タタキノメセー」という言葉、すなわち今の台詞のような言葉をすぐ連想し、それが扇動であるかのような錯覚を抱くが、実はこれは、「扇動された者の叫び」であって、「扇動する側の理論」ではない。

     

    すなわち、結果であって原因ではないのである。ここまでくれば、もう先導者の任務は終わったわけで、そこでアントニーのように「……動き出したな、……あとはお前の気まかせだ」といって姿をかくす。というのは、扇動された者はあくまでも自分の意志で動いているつもりだから、「扇動されたな」という危惧を群衆が少しでも抱けば、その熱気が一気にさめてしまうので、扇動者は姿を見せていてはならないからである。(中略)

     

    従って、扇動された者をいくら見ても、扇動者は見つからないし、「扇動する側の論理」もわからないし、扇動の実体もつかめないのである。扇動された者は騒々しいが、扇動の実体とはこれと全く逆で、実に静なる理論なのである。

     

     

     

     

    (そして、しばらく後にこのように続きます)

     

     

    事実、事実、事実、事実とつなぎ、その間にたえず、「……でしょうか? ……でありましょうか? ……このことを考えてみましょう! ……たとえそう見えたとしても……ではないでしょうか?」ということばでつなぐ。

     

    これをやっていくうちにしだいに群衆のヒステリー状態は高まっていき、ついに臨界値に達し、連鎖反応を起こして爆発する。……ヤッチマエー、ぶら下げろ−、土下座させろー、絞首台へひったてろー、……から、ツツコメ、ワーまで。

     

     

     

     

    私は上にあるシェークスピアの芝居の中にある「どうだっていい、同じ〇〇だ、やっちまえ」という台詞をこの10年くらいだけでも何度見てきたことか、と思います。

     

    その人がいいとか悪いとかではなく、「どうだっていい、同じ〇〇だ」という事例。

     

    同時多発テロのあとの西欧社会のイスラム教徒、領土問題などで利用される際の反〇〇運動(日本、中国、韓国など)、原発問題のあとの電力会社の社員に対して・・・ etc 。

     

    世界中で無限に今も続く「どうだっていい、同じ〇〇だ」 のループ。

     

    そして、上の七平さんの書いてる通りに、

     

     

    扇動された者は騒々しいが、扇動の実体とはこれと全く逆で、実に静なる理論なのである。

     

     

     

    私の好きな言葉を思い出します。

     

    「悲しい、とても悲しい話をしよう

    いつもと変わらない、それは一体どういうことだ

    そんなことはっ、不良少年どもしか分からない

    分からないことを嘆くのはたやすい

    俺はたやすい男ではないからこれ以上嘆かない

    とりあえず俺は悲しいが、おまえたちは、楽しいだろう」

     

     

     

     


    コメント
    コメントする








       
    この記事のトラックバックURL
    トラックバック

    calendar

    S M T W T F S
          1
    2345678
    9101112131415
    16171819202122
    23242526272829
    30      
    << April 2017 >>

    books

    attractive entries

    link banners

    selected entries

    categories

    archives

    recent comment

    • 近衛家の戦い(近衛文隆)〜ラーゲリに消えたサムライ〜
      香月
    • 近衛家の戦い(近衛文隆)〜ラーゲリに消えたサムライ〜
      香月
    • 戦士の休息〜Card Wirthと共に〜
      香月
    • これからのエネルギー&原発の未来
      ブランド コピー激安楽天市場
    • FUKUSHIMA50『The memory 1F lost all power supplies』5-17
      うらら
    • FUKUSHIMA50『The memory 1F lost all power supplies』5-17
      香月
    • FUKUSHIMA50『The memory 1F lost all power supplies』5-17
      うらら

    recommend

    links

    profile

    search this site.

    others

    mobile

    qrcode

    powered

    無料ブログ作成サービス JUGEM