台湾と日本の物語

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    懐かしいと言えばうなずいてくれる人もきっといるはず。

    2009年に終了したバラエティ番組に、印象深い話があります。

    私は一時期、この話にとてもとても支えられました。もちろん、今もです。

    以下はその書き起こしと、関連資料とになります。


     

    (バン1台に乗って、世界を旅する恋愛バラエティ番組「あいのり」の一場面。

     基本は男性4名、女性3名の若者7人連れ。

     今回は台湾へやって来ました。周りを見渡しているとー。)

     

    ”こんにちはー”

    ”こんにちは”(個々答えて)

    ”日本の方ですか?”

    1人のおばあさんが日本語で話しかけてきた。

    (偶然会ったおばあさん。小柄で物腰の柔らかい。)

    実はこれまでも…

    たくさんの日本語をしゃべる台湾の方と出会ってきた。

    ”日本の方なんですか?”

    ”いいえ、台湾人です”

    ”台湾の方で”

    ”はいはい。

    私は李という者で、日本の名前は樺島です。

    日本人大好きです。

    今でも心の中では、日本人だと思っています”

    自分のことを日本人だと思っているというおばあさん。

    これは一体どういうことなのか。



     

    (画面転換)

    あいのり講座。

    日本人大好き台湾の謎。

    19世紀末、日本は日清戦争に勝利。

    清の領土であった台湾の統治権を得た。

    これ以降およそ50年間、台湾は日本の植民地となったのだ。

    日本が採ったのは、同化政策。

    つまり、台湾を完全に日本化しようとする政策である。

    台湾人の名字も日本名に。

    教育も日本語で行い、台湾人を日本人にしようとした。

    さらに、生活のレベルを日本と同じにするため、様々なインフラを整備した。

    台湾の南北を結ぶ縦断鉄道を建設。

    広い道路を造り、上下水道を町中に整え、

    大きな病院も作った。

    それらは当時の日本よりも優れた設備だった。

    当時、貧しさと戦っていた台湾の人たちの生活はどんどん改善されていった。

    日本の採った同化政策が結果的に台湾を豊かにしたのだ。


     

    「台湾写真帖」(大正5年4月5日 台湾日々新報社)より「阿里山運材列車」


    「台湾鉄道旅行案内」(昭和10年10月30日 ジヤパン・ツーリスト・ビユロー台湾支部)より「阿里山駅に着いた列車」

    「高雄州要覧」(昭和8年7月5日 高雄州)より「高雄市」


    「台北」(昭和15年4月30日 台北市勧業課観光係)より「太平町通」


    「台湾写真帖」(大正5年4月5日 台湾日々新報社)より「土木局」


    「台北」(昭和15年4月30日 台北市勧業課観光係)より「帝大病院」

    「台湾全島写真帖」(大正2年2月15日 平賀商店)より「台湾総督官邸」(現台北賓館)





    烏山頭水庫(烏山頭ダム)

     

    (おばあさんの周りにみんなで輪になって椅子に座り話に耳を傾ける。)

    ”日本のほうはね、台湾に来ていろいろ建設しましたよ。

    みんな日本のおかげですよ。

    日本の時は、日本の正月、迎えます。

    玄関の前にね、門松を立てて”

    ”あぁ、今も”

    ”今も、ある?

    そしてあの国幟(こくし)も掲げます”

    (口々に)”へー”

    そんな平和な台湾に、

    激動の波が押し寄せる。

    1945年、第2次世界大戦に敗れた日本は、再び台湾を今の中国へと返還(注1)

    しかし、当時の中国は2つに割れていた。

    毛沢東率いる共産党と、蒋介石率いる国民党。

    毛沢東の勢力に負けた蒋介石は、大陸中国を追われ、台湾を統治。

    独立国を宣言して国連に加盟した。

    遅れること26年、1971年に。

    国連が大陸中国の加盟を承認し、アメリカや日本も賛成(注2)。

    これに納得のいかない台湾は、国連から脱退。

    この時以来台湾は国際的には中国の一地方として位置づけられてしまった。

    しかし、その後台湾は、目覚ましい経済発展を遂げた。

    その礎を築いたのは日本だと考えているため、台湾には親日的な人が多いのである。

    (引き続き、皆でおばあさんの話に聞き入る。

     戸惑ったりうなずいたりしながら。

     丁寧な日本語で言葉を継いでいくおばあさん。)

    ”日本人に対する恨みは何もない?”

    ”ないです。

    みんな日本慕っていますよ。

    あの恨んでいないですよ”

    ”自分は日本人?それとも台湾人?中国人?どの国?”

    ”みんな今はね、中国人とは思わない、台湾人。

    だけど、心の中ではまだ日本人みたいですよ…みたいに思っています。

    みんな日本時代はもうとても、教育も受けて、よく教えてくれた。日本精神をね。

    みなさん、日本精神わかる?

    日本精神というのは義理堅い、真面目、勤勉であって。

    台湾人は日本人よりも、日本精神を守っているそうです(笑)

    日本を大事にしてください。私達の好きな日本をね。

    そして日本と台湾の架け橋の新しい方になってください。

    私はとても期待しています。

    やっぱり日本人が好きだから…”

    日本人以上に日本を大切にしている台湾の人たち。

    日本が承認している世界の国は、

    191カ国。

    その中に台湾は入っていない…

    (写真の転載元サイト)

        烏山頭水庫:土木学会委員会サイト

         他   :植鉄の旅
     

    GoGoザウルス(台湾旅行案内etc.サイト)にある参考記事です:今も台湾に残る日本統治時代の建物と心

     


    (注1)「返還」では決してない。台湾をめぐる情勢は複雑で、短いVTRにまとめることは難しい。日本降伏時の状況としては、国民党率いる中華民国が連合国の一員として占領統治を担う形を取っている。後年、「日華平和条約」により戦争状態は終結し、日本は台湾を放棄することが正式に確認された。どの国に譲渡するかは今に至るまで、明言されていない。
    (注2)正確には、中国代表権を台湾(国民党)から大陸中国(中国共産党)へ移行するという形による国連常任理事国入りと、蒋介石の代表の国連からの追放である(アルバニア決議)。アメリカや日本は国連加盟は賛成するが、台湾の議席追放は反対という立場だった。


     


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